怖いこと１

俺は恐怖している。
会社のトイレで手を洗うとき。
ハンドソープを手にとり、うにゅにゅうと
白いものを手のひらに出す。
これは、本当に石鹸なのだろうか。
まさか。別の、何か。
世の中にはおかしな人間がいる。
もしかして。

疑惑と恐怖を抱きつつ、俺は今日も
会社で手を洗う。

怖いこと２

満員電車の中で赤子が泣いている。
みんな、うるさいなと顔をしかめている。
俺は思う。
泣いても良いじゃないか。
だって、泣き止んだとき、それは恐怖の
始まりだから。

満員電車。
熱がこもり、大人でも眩暈がする。
狭い空間で人が争うように空気を求める
結果、酸素は薄くなり、息が苦しい。
人間の居住スペースの下限を大幅に少なく
する人の群れ。身体は圧迫され苦痛を生む。

こんな中で赤子が泣いている。
あたりまえだ。赤子も辛いんだから。
泣き止んだとき、それは苦痛から開放されたとき。
泣き止む？車内で？状況は変わってないのに？

意味するところは、ただ一つ、シ。
生き始めたばかりなのに、人生最後の結果が
もう決まった。

泣き叫ぶ母親、恐慌状態に陥るその友人。
混乱は車中に広がり、恐怖と悲しみが伝播する。

俺は、目を閉じて赤子の泣き声に耳を傾ける
恐怖と一抹の期待を抱きながら。
泣け、泣け、泣け、泣け、
生き続けるかぎり、泣きつづけろ。
シにたくないならな。

怖いこと3

お昼を食べに外に出る。
向こうから、長州力似の女性が歩いてくる。

その瞬間、頭の中に言葉がひらめく。

チャーシューリキ　チャーシューリキ　チャーシューリキ

自分が恐ろしい。

怖いこと4

電車をホームで待つ。
電車が目の前を通り過ぎていく。

　どきどきする。

車掌が列車の最後尾で窓から顔を出している。
安全を確認しているのだろう。

　うずうずする。

列車は、スピードを増していき、
どんどん列車は、ホームから出て行く。

　近づいて来る。
　我慢する。
　手が出そうになる。
　欲望が渦巻く、やりたい、やりたい、やりたい。

　ああぁぁ、もし、今、高速で近づいている車掌の顔に
　拳を叩き込んだら、どうなるだろう。
　俺の拳は、衝撃でぐちゃぐちゃになるだろうか。
　列車に巻き込まれて、身体ごとぐちゃぐちゃだろうか。
　拳を叩き込まれた、車掌の顔もぐちゃぐちゃだろうか。

　知りたい。どうなるのだろうか。

　列車がとおるたび、興奮する俺は、ちょっと怖い人だ。

怖いこと5

電車に乗り、つり革に手をかける。
ふと顔を下に向けると、席に座っている
お婆さんの頭が

ゆれている

　ぶら、ぶら、ぶら、ぶら

ゆれている

あんたは、張子の虎かと
突っ込みたくなるほど

ゆれている

今にも首が抜けそうだ。
とても固定してあるようには思えない。
首が頭の動きが連動しているように見えない。
もしかして頭だけの宇宙人か。
下の身体はリモコンか。
それとも身体の中に操縦室があるMIBのような
宇宙人の偽装か。
身体と首は、ゆれていないのに
どうして頭だけが

ゆれてんだー！

わからん。
しかし、なにかの陰謀の一端なのかも知れん。
世の中は恐ろしい。

春風に誘われて一句

春風に　逆立つ髪の　生え間より
　
　　　　　　　　　　　漏れいづる　禿の輝き
　

解説
私が信号待ちをしていると向かいで同じく信号待ちをしている男性会社員の髪が春の強風にあおられ逆立っている。
髪が逆立ったことにより（半端でない。垂直に立っていた）通常隠されていただろう、頭皮の輝きが鮮明に私の目をうったのだった。風のちょっとした悪戯に春を感じた瞬間だった。

友人と会って一句

友達の　下げた頭に　禿げがあり
　
　　　　　　　　　　　己の歳を　省みてみる
　

解説
友人が食事で顔を下に向けたとき、その頭頂部分が露になった。その頭に数年前には無かった禿げの兆候が見られた。
彼も歳をとったのだと感じ、それは、友人として付き合った自分の歳も同様であることから、自分の人生の年月を感じさせるものであった。

電車の中で一句

頭頂に　黒くて丸い　髪の毛が
　
　　　　　　　　　　　あると思えば　塗っただけ
　

解説
電車の中で、頭頂部だけ髪の毛がやけに黒い人がいた。よくよく見ると、黒い部分がまん丸だった。
おかしいと思い近づくとそれは、毛ではなく肌を直接黒く塗ってあるものだった。
その驚きを残そうと思い歌ったもの。

追伸　再び会った。見間違いではなかったが、塗ったのではなく、貼り付けているようだった。あれは、いったいなんだったのだろうか。

禿げの数え歌

一つ、人の世、禿げがある
二つ、振ったら毛が落ちる
三つ、右にも禿げがある
四つ、横にも禿げがある
五つ、いきなり禿げがある
六つ、向こうに禿げがいる
七つ、泣いても禿げがある
八つ、やっぱり禿げがある
九つ、ここにも禿げがある
十で、とうとうツルッパゲ
　
解説
昔作った、数え歌をここに記録しようと思う。街の中でこれを歌う度胸はないが、つい口づさんで睨まれた記憶がある。若かったな。