探索

　探索は、ホークを始めとした11人のエルフとその騎馬、そして一行の
一人であるニスタリーナの友、マウンテン・ライオンのカイ、を探索者と
して始まった。
　この探索は、エルフの森に起きている異変の調査を目的としたもので
あった。事前の調査で、その異変の起きている地域は、周知のものと
なっており、目的地までの道のりも森の住人であるエルフ達にとっては、
馴染みのものである。
　常ならば、もっと気を楽にして進むところだ。
　しかし、この一行の冒険者達は、違っていた。
　一行の先頭は、カイが務め、その強力な感覚を使い、一行を注意深く
危険から遠ざけていた。
　そして彼ら自身もエルフに備わっている鋭敏な視覚と魔法を用いて
危険に備えていた。
　
　ホークは、彼らに感心していた。
　準備の時から、彼らは、その若さにもかかわらず老練な戦士の慎重さを
身に付けていることを証明している。それは、きっとエルフ王にも必要な
資質のようにも思える。
　ただ例外もあるようで、周囲を見渡すより、乾果を齧ることに熱心な者
もいる。パープルプリンである。エステリアに初めて見つかり、頭を殴られ
てから、その目を盗んでは乾果を齧っている。ホークが気がついた限りで
9回実行し、3回エステリアに見つかっている。
　その他にも枝から花を折り取ってみたりと落ち着きがなく、とても警戒を
しているようには、見えなかった。
　その様子は、子供のようで他の9人とは、明らかに一線を画している。
　まとめ役をしているエステリアとは、衝突も絶えず、頭のこぶも絶えずと
いったところだ。
　その様子は、いかにも楽しんでいるという風情で、危険な旅に赴いている
という意識は皆無だ。
　このパープルプリンに関しては、不可解な部分がある、あまりに周り
のメンバーとかけ離れすぎているのだ。
　彼女以外は、性格には違いがあるものの、それぞれの氏族の代表
という責任と義務のなかにその身をおいている。
　しかし、このパープルプリンというエルフは、全くそのようなものとは、
無縁のようである。この娘も次期エルフ王の候補として、エルフ王が
参加をさせたのだ、そこにどのような意味があるのか。
　エルフ王が彼女に見出しているものは、いったいなんなのだろうか。
　これがホークに大きな困惑をもたらしている。

　ホークの困惑をよそに一行は、目的地に近づいていった。
　エルフの森は、緑深い森の常として荘厳な冷気をまとっている。
　それが、あたかも熱帯地のように気温が上昇している。
　様々な魔法を見てきたホークのようなものでも、このような広範囲
の気温を上昇させるものは、見たことがなかった。範囲が狭いものなら
ドルイドの魔法に術者の周囲の気温を操作する魔法が存在する。
　未曾有の影響範囲ではあるがドルイド魔法のような自然界そのもの
を操作する魔法のようだ。その証拠に周囲の大気自体には、魔法は
感じられない。
　ホークは、旅を共にする若者にこのことを問うてみた。
　この質問は、それぞれの資質や性質を見極める指針になるかもしれない
と思ってのことだ。もちろんこの現象への解答らしきものが出ればよりよい
というものだ。
　ラファロットが口火を切って自らの意見を述べる。
　「先ほど、ディテクトマジックを行いましたが、大気自体に魔法がかけられ
　てはいませんでした。非常に自然な感じがします」
　それに答えてシリアスは、冷静にその知識を披露する。
　「私の知る限りでは、ドルイドの用いる魔法がこのように自然を操ることが
　できると聞いています。そのことから、強力なドルイドが背後にいる可能性が
　考えられます」
　「しかし、そのような邪悪なドルイドがいるだろうか。彼らは、自然を友と
　するものだぞ」ディヴィム・トヴァーが応じる。
　シャグリーンは、その端正な顔を悲しげにゆがめて
　「堕落したのかもしれない」
　セロウェンは、穏やかにみなを引き戻す。
　「みなさん、まだ敵がいるとは決まっていませんよ」
　リリオニンも同調して言った。
　「私たちは、それがいったいどのようなものなのか。それを探索しに来たの
　ですから、最初から相手を邪悪と決め付けるのは早計です」
　ディヴィム・トヴァーは、みなに確認するようにこう言った。
　「何れにせよ強力な魔法を使うものでは、ありそうだ。心の準備をしておこう」
　ディヴィム兄弟のスロームは、それに答えていう。
　「全くだこれほど広範囲に力を及ぼせるとなると、かなり危険な相手だろう」
　ジャクリーンは、考え深げにつぶやいている。
　「フィーブルマインドのようなスペルユーザー封じの魔法を覚えていく必要が
　ありますね」
　シリアスは、こうも言う。
　「一人とも限りませんよ。逆にこれだけの現象を起こすのですから複数の術者が
　いるのが自然ですよ」
　ディヴィム・スロームは、それに答えていう。　
　「そうなるとフィーブルマインドは、みなが覚えたほうがいいな」
　議論は、活発に行われ、皆が口々に脅威に対してさまざまな考えを述べる中で
なにか思い付いたのかパープルプリンは、うなずいてこうのたまわった。
　「相手は、きっと体温がすごく熱い人なんじゃない。だから、こんなに暑く
　なっているんだよ」
　皆この台詞には、各々の反応を示している。
　礼儀正しくなにも無かったように振る舞う者。
　あからさまにため息をつく者。
　顔を真っ赤にして怒る者。
　最後の怒るものは、やはりエステリアでパープルプリンに正面から向き合って
押し殺してはいるが怒りのこもった声で叱責をしている。
　「この馬鹿。気温を上昇させるほど体温が高い人なんているわけないだろ。
　まったく、真面目に考えなさい。みんな真剣なんだから」
　
　ホークは、思う。確かにパープルプリンの様子に真剣みはない。言っていること
も荒唐無稽で非現実的に思える。しかし、本当にそうなのだろうか。
　ホークは、年若い彼らと違い、様々な怪異、怪物と出会ってきた。
　その経験から、この言葉に引っかかるものを感じるのだ。
　そう気温を上昇させるような体温を持つ生物は、この世界には、いないだろう。
　しかし、異界はどうだろうか。邪神の使いである魔物は、どうだろうか、また
熱そのものである炎の世界から来たものたちはどうだろうか。
　そう考えるとパープルプリンの言葉には、意味があるのではと思えてくる。
　これをパープルプリンが己の器量として、発している物なのか、それともただの
思い付きなのか、この時ホークにはまだ理解ができなかった。

　そうした議論を続ける中、一行は着々と目的地に近づいている。
　日も落ちはじめ、赤く染まった夕暮れの斜光に巨大な建築物が浮かび上がって見えた。
　建築物は、総石造りで差し渡しが人間大ほどの石の立方体で構成されている。
　その形は、奇妙で森の民であるエルフには馴染みがあるものではなかった。
　強いて似た物を挙げるならば、噂に聞く新大陸のピラミッドという建物だろう。
　４角錐の頂点をが地に潜った形であるが、この建物は、倒れることもなく、異常な
安定をみせている。
　
　建物は、非常に巨大で、異常の報告があがってきた短期間で造れる物ではない、
のみならず、通常の手段では、これだけの巨石を運ぶ方法がなかった。
　巨大な石を切り出す岩山は、エルフの森近郊には無い。有ったとしても、巨石を
ここまで持ち込む手段は、如何なるものか。
　この数千数万ともいえる巨石のすべてを飛ばしてきたというのだろうか。
　ホークには、これほどの力を持つ相手をまったく想像できなかった。
　不安を感じる一方、ホークは、昔友達と共有した冒険心が騒ぎ出すのを感じる。
　
　ホークは、若者達に、グループごとに手分けをして様子を探るよう指示をした。
　結果、建物の屋上近くは、熱い熱気が渦を巻き、近づくのは困難であるが、
遠目から、すり鉢上になっていて何か動くものがあったこと、
　細くなっている建物の根元に入り口が有ることがわかった。
　ホークは、報告を聞きながら思案をしている。
　どこから侵入をするのか。決断のしどころだった。