冒険

　いよいよ探索が始まる。
　これは、すでに戦士として十分な経験を積んできた
ホークであっても緊張し、また興奮してくる事態だ。
　これがまだ年若い彼ら、同行者は、どうだろう。
　ホークは、思った。
　ホークのひそかな心配に反して、彼らの態度は、
立派なものだった。
　女性陣は、エステリアを中心に冒険に必要な品を
吟味し用意している。
　リリオニンは、その厳しい目を一層険しくして
どうやら自分で造ったらしい様々な保存食の状態を
確認している。
　残るエステリアを含めた3人は、エステリアの指示
のもと、リリオニンの目から合格した食料やロープ、
たいまつなどの雑貨を手際よく、小袋にまとめていた。
　ただパープルプリンだけは、ときどきじっと手に持った
乾果をみることがあり、どうするのか見ていると
いきなり口に放り込むといった少々情けないことを
した。
　パープルプリンには、一言云わねばならないかと
ホークは、一歩踏み出そうとしたが、エステリアは、
目ざとく、パープルプリンの行為を見ていたらしく
パープルプリンの頭を一発殴り、叫んだ。
「あほう。保存食を今喰うやつがいるか。保存加工
している意味がなくなるだろうが」
　言われたパープルプリンは、頭をさすりながら
はたして言い訳になるのか分からないことを
口にする。
「お腹がへっているんだもん、しょうがないじゃん。
それに保存加工しているからといって保存食として
しか価値がないわけじゃないもん。こういった加工
をすることで味わいが深まったりするんだよ。
特にリリのは、美味しいんだから仕方ない、仕方ない」
「それで言い訳のつもりか、この馬鹿」
　再びパープルプリンは、殴られて顔をしかめる。
「分かった。吐き出せばいいんでしょ」
　ほっぺにためていた乾果を口から出そうとする
パープルプリンをすかさず殴り倒してエステリアは、
押し殺した声で言う。
「このぱーぷりんがいい加減にしろ」
　セロウェンは、とりなしていう。
「エステリア、落ち着いて。今に始まったこと
ではないでしょう。」
　セロウェンのやさしい声音で多少気を静めた
エステリアだが、吐き出した乾果をまた口に入れる
のをみてまた激昂する。
　「全く分かっていないじゃないか、このぱーぶりんが」
　「だって、もったいないないじゃん」
　平然とした顔で言ってのけるパープルプリンにまた
拳が飛び、リリオニンとセロウェンが慌てて割って入っている。
　多少、頭が痛くなる風景も見られるようだが、どうやら
押さえ役もいて、なんとかなっているようだ。
　
　他のものは、どうしているのかと思っていると　男性陣では、
トヴァーとスロームの兄弟がエルフ王の厩から厳選した
エルフ馬を引き連れて来た。
　もともとエルフは、あまり馬を利用することはないが
エルフ王など外界にでるなど馬の利用があるところでは、
特別に飼育された馬を利用するのである。
　当代のエルフ王は、外界に接触する必要を痛切に感じ
積極的に交流をしようと努めるだけあって、エルフ馬も
かなりの数が用意されているのである。
　また、この兄弟は、騎乗を好み、馬という生物を
心から愛しているようだ。また、馬も彼らを愛し、友としている
ように思われる。
　ホークは、エルフ馬を引き連れた彼らに近づき、他のものは
どうしているのかを聴いてみることにした。
　2人は、ホークを親愛のこもった笑みと一礼で迎え、
　トヴァーは、まず口火を切って
　「ラファロットとシリアスは、エルフ王の宝物庫で必要な魔法の品
　を分けてもらいにいっています」
　「ラファロット、シリアスの2人は、私たちの中では、最も魔法に
　ついての造詣が深いのです」
　とスロームが引き継いで話した。
　この二人に限って言えば、チームワークや役割分担といった
ものは、万全のようだ。
　ホークが重ねてシャグリーン、ニスタリーナの2人について
聴くと、二人は笑って答えた。
　「2人は、先ほど集落から離れて森に向かいました。おそらく
　森で必要なものを採集しているのだと思います」
　とトヴァーが言えば、
　「シャグリーンは、ニスタリーナのことが好きなようなのです。
　ニスタリーナは、無口なのでよく分かりませんが、まだそれほど
　親しくなってはいないようです」
　とスローンが秘密をしゃべってしまうときは、誰でもそうなように
楽しそうにはなした。
　「シャグリーンは、紳士ですし、大事を控えていることも自覚して
　いますので、問題は生じないと思います」
　とトヴァーがまじめに応ずると
　スローンは、これまた笑顔で
　「それにニスタリーナには、マウンテンライオンのカイが
　ボディーガードでいますから、滅多なことはないですよ」
　と話した。
　さすがにトヴァーのほうは、スローンの話し振りに気が
差したのか窘めて
　「こら、茶化すな。相手は、ホーク様だぞ」
　「すまん。つい楽しくなってしまって。申し訳ありません、
　ホーク様」
　スローンはホークに向き直って詫びた。

　ホークは、苦笑して思った。
　彼らは、やるべきことをやる優秀な者たちだが若者でも
あるのだな。殺伐とした政治や戦いではなく、恋などの若者
らしいものにも情熱を傾けている。それに比べて自分たち
は、どうだったであろう。
　
　懐かしい友人たちの顔を思い浮かべて、苦笑した。
　いろいろあったような気がするな。

　追憶からさめて、2人には気にしていないことを告げた。
　そして全員に聴こえるように大きな声で、引き続き、作業を急ぐ
ように声をかけた。エステリアは、パープルプリンとのやり取り
を観られたことに気づきばつが悪そうだったが、他の全員
（パープルプリンを含む）は、力強く応じてくれた。
　
　ホークは、エルフ王の宮廷への路をたどりながら思った。
　さてどうやら準備は思っていたよりも早く済みそうだ。
　エルフ王に暇乞いの挨拶をしてくるとしよう。

　一方、森の奥では、ニスタリーナとマウンテンライオンの
後をシャグリーンを追いかける構図があった。
　「ニスタリーナ、待ってくれ。むこうに確か探している薬草が
　あったと思うんだ」
　シャグリーンが指を差して彼女にいったが、
　彼女は足も止めずに一瞥して冷たく応じた。
　「そちらは、泉だったと思います。さがしているの薬草は、
　乾燥地に生えるものですから、森が屋根のように密集した
　ところにしか生えません」
　シャグリーンは、あっさり言い負かされて観念したのか、彼女に
むかって熱を込めて語った。
　「うん。実はその通りだ。ただ君と一緒に美しい泉を眺めたいんだよ。
　良いだろ？私たちは、これから危険な旅をしなくてはいけないんだ。
　もう2度とこの美しい森に戻れないかもしれないんだ。だから、最後に
　思い出を残しておきたいんだよ、君と一緒に。それができたら本望
　だよ。どんな危険や死にだって向かうことが出来る」
　熱を込めて語るシャグリーンに対して、あくまで冷静にニスタリーナは
応じて
　「わたしは、死ぬつもりはありません。またその努力を怠るべき
　だとも思いません。二手に分かれて探しましょう。そのほうが効率が
　あがります」
　シャグリーンは、いささか大げさに天を仰ぎ嘆息して言った。
　「嗚呼、君は例の過去をまだ引きずっているのだね。親しい友人を
　失うのは、悲しいことだがそれに負けては駄目だよ。立ち直らなくては。
　彼のおかげで、今、君は生きているのだから、その命を満喫しなければ
　いけないよ。そう、その命を有意義なことに使うんだよ。
　私は、君のベストパートナーになれると思うんだ。私なら君の真実の
　魅力を引き出すことが出来ると思うんだ。だから一緒に・・・」
　　
　シャグリーンの言葉を途中でさえぎり、強い口調でニスタリーナは言った。
　「あなたに何もしてもらう必要はありません。別の人にしてあげてください。
　そして彼の話は、もうしないで」
　沈黙が一瞬つつみ彼女は足早に森の奥に進んで言った。
　「わたしはこちらを探しますので、そちらを探してください」
　マウンテンライオンのカイが非友好的な目でシャグリーンを一瞥した後、
ニスタリーナに続くとシャグリーンは、森の中独りたたずんでいた。
　「ふうぅ。怒らせてしまったな」
　「なかなか手ごわいが、それもまた面白い。
　さぞかし彼女は美味かろうな」
　「待てよ、まだ待てよ。ブラッドドリンカー。共に味わうのだ、彼女を」
　
　今日という一日が終わり日が暮れていく、森には、闇と静寂が広がっていく
明日の朝には、冒険に向けて出発しなければならない。
　ホークを初めとした冒険者たちは、それぞれの思惑を秘めて旅立つ。